建築
投稿日:2020.02.16
更新日:2024.09.24
今回は、「食品工場をつくる難しさ」について、設計者の視点から分かりやすく解説していく。
皆さんは、工場の設計はデザイン性などにこだわるわけでもなく、必要な機能さえ整っていれば良いはずなのに、なぜ難しいのか?などと疑問に思うかもしれない。
また、一級建築士であれば、用途や規模に制限なく、あらゆる建築物を設計することが許されている。しかし、実際に建築物を『つくる』ということを考えた場合、一級建築士に「許されている」ことと「できる」ことは別物なのだ。わかりやすい例をあげてみると、医師国家試験に合格して医師として働く場合でも、医師によって専門分野があるように、建築設計においても設計者が得意とする専門分野は変わってくる。
以前、東京オリンピック開催を機に建て替えが決まった国立競技場の設計案が、コンペ後に技術的な問題や金額の妥当性から白紙になった事例は皆さんも記憶に新しいのではないだろうか。
本稿では、マンションや商業施設、事務所や倉庫など、さまざまな建築物の用途と比較して、食品工場設計の特徴について紹介していく。
Contents
まずは食品工場の建設をどのような流れで進めていくか全体像について紹介する。
1.企画・基本計画
建設計画の立案にあたり、用地の選定、建設費用、稼働予定日、施設の設備、機能、規模などを決定する。この段階では、建設予算、リスクマネジメント、市場分析、規制遵守などの要素も含め、全体計画を策定する。
2.基本設計
“基本”とあるが、この段階であらかたの方針からプランまでほとんどを決定する。具体的には建物の構造図やレイアウト図、従業員の動線設計図、フローシート、機器の仕様はもちろん、機械設計、電気・制御設計、水道・排水設計、衛生設計などの方針も決定する。
3.実施設計
“実施”と言葉の通り、実際に施工ができるよう具体的な設計や、基本設計をしたことで明らかになる課題などを解消していく。建築設計、機械設計、電気・制御設計、水道・排水設計、衛生設計など、必要な設計業務はもちろん、環境保護、省エネルギーなどの観点も含め基本設計に添ってより詳細な設計を行っていく。
4.調達
設計の内容に応じて、資材や機材などを調達する。建築資材の選定は、機能性、安全性、継続性、コストなどを考慮して選定する必要がある。
5.施工
工程管理、品質管理、安全管理などを行いながら、施工を進める。この段階で施工中に予期せぬ問題が発生した場合は、迅速に対処し、施工進行に支障が生じないように対応する必要がある。
6.検査
工事が完了すると行政機関による検査が実施される。検査の内容は建築物、消火設備、防火設備、給排水設備などの項目がある。検査で問題ないことが確認されると使用許可が下りる。
7.試運転・稼働
施設が完成した後、機器や設備の動作試験を実施し、施設の安全性、衛生性、品質などの検査を行う。また、顧客の立場からも検査を行い、問題があれば改善を求められる。
稼働が始まったらアフターサポートやメンテナンスも施工会社の役割となる。
設計者から見た場合の、その他施設と食品工場設計の違いについてぞれぞれのポイントに分けて紹介していく。
建築物は個人または法人の所有物であることが多いが、外部にさらされているがゆえに不特定多数の人々の目に触れる。よって、いわゆる「カッコよくしたい」とか「シンプルでいい」などのデザインに対する要求事項が生まれる。また、個々の建築やロケーション、インフラなどが都市を形成していることを考えると、社会的にデザイン性を要求される場合もある。京都市内で景観条例に基づいて和風テイストのデザインが求められるのはその例である。ここで、建築物の用途によってどの程度のデザイン性が求められるかを考える。
・商業建築
不特定多数の人々が訪れ、その人たちの購買意欲を刺激する必要がある商業建築では、高いデザイン性が必要不可欠と言える。
・一般住宅
住宅は、日常の心地よさはもちろんステータスシンボルともなるため、高いデザイン性が求められる。
・食品工場
建物の外観は企業イメージに影響を与えるため、清潔さなどは求めらる。しかし食品工場では他に優先すべき事項が多くあり、高度なデザイン性を求められることは少ない。
すべての建築に対する要求機能は雨風を防ぐことである。この最低限の機能に加えて最適なゾーニングや動線・快適温度・明るさなどが一般的な建築物に求められる。これに対して「食品工場」では、食の安全と生産性向上を実現するためにさらにハイレベルの機能性が要求される。例えば、温度管理一つをとっても従業員の作業環境と製品の品質管理の両面から維持するべき温度帯を設定しなければならない。さらに、これを実現するためのシステム選定においてもイニシャルコスト、ランニングコストを考慮した高度な判断が求められる。
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通常、「分譲マンション」では長期保全計画が定められており、そのための資金を毎月積み立てている。そして新築から10年超経過した時点で外壁補修や屋上防水などの大規模な改修が行われる。しかし、新築設計時にメンテナンス性に配慮している部分はそう多くない。外壁メンテナンス用ゴンドラを吊り下げるためのフックを屋上コンクリートに打込む程度の配慮がせいぜいである。その他の建築物については、劣化が進行した時点もしくは不具合が起こった時点で対応する程度で、メンテナンスに対する意識はそう高くない。一方、「食品工場」では取引先への安定供給の観点から工場を休止しづらい事情があり、メンテナンスの難易度が格段に上がる。また、清潔を保つための清掃頻度は通常の建築物よりも非常に高い。そのため、新築設計時からメンテナンス性に配慮した設計上のさまざまな工夫が必要である。
ここでは「非日常性」という言葉を「設計者の日常にとっての」という意味に限定する。当然の話ではあるが、設計者も個人として生活する中でさまざまな建築物を使用している。まずは、住宅については100%使用していると考えていいだろう。次に、生活に必要な買い物をする中で商業建築も使用するだろう。事務所で働いているまたは働いた経験もあるだろう。これらの建築物については、設計者自身もすでにユーザーなので設計の完成度を高めるための想像力を働かせやすい。これに対して、設計者が「食品工場」のユーザーであることは通常ないので、想像力を働かせるためにはある程度の経験値が必要になる。
ある建築物にとってちょうど適したスペック(仕様)を「ジャストスペック」と定義する。ジャストスペックを選定するには使用目的や使用方法、コストなどさまざまな要因を考慮する必要がある。すべての建築物においてジャストスペックが求められるが、食品工場の場合は特にその設定が難しい。一概に食品工場といっても、製品や製造の方法、あるいは顧客や販路によって工場という建物に求められるニーズやクライテリアはまったく変わる。同じ食品でも、インライン工場と惣菜のようなオープン工場とでは工場建築に求められる要件は異なる。同じ飲料系でも酒とミネラルウオーターとでは生産環境に本来必要な衛生度は一様でない。このようにあらゆる食品工場に求められるスペックは同じでない。食品工場というと一律にHACCPやISO22000あるいはFSSC22000などを取得すべきだという発想になりがちで、コンサルタントやゼネコンもそのようなスタンスで食品企業に提案することも多いが、それが必ずしも食品企業にとって有効な提案だとは言えない。
その食品工場に本当に求められる適正なスペックを提案、実現する能力が設計者には求められる。
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また、HACCP導入工場の設計では、以下のことも注意しておきましょう。
HACCPとは、食品事業者が食中毒菌や異物混入などの危険要因を把握し、原材料の入荷から製品の出荷までの全工程で重要な管理を行うことで、製品の安全性を確保する衛生管理手法です。
上記をまとめると次の表のようになる。見る人の立場によっては多少の見解の相違がありうることを付記しておく。
建物種別 | ①デザイン性 | ②要求機能の多様性 | ③メンテナンス性 | ④非日常 | ⑤ジャストスペック |
---|---|---|---|---|---|
マンション | 重要視 | 低い | 重要視 | 普通 | 普通 |
商業建築 | 特に重要視 | 低い | 普通 | 普通 | 高い |
事務所 | 普通 | 普通 | 普通 | 普通 | 普通 |
倉庫 | 普通 | 普通 | 普通 | 高い | 高い |
食品工場 | 普通 | 高い | 特に重要視 | 特に高い | 特に高い |
以上をまとめると、食品工場の設計は、通常のユーザー感覚を働かせにくい状況下で「機能性」・「メンテナンス性」・「ジャストスペック」を深く追求することが求められる難易度の高い分野であると言える。それがゆえに設計者には通常の建築物の設計で求められる以上の経験値が必要となる。
ここては、工場設計時に知っておきたい3つの法律「都市計画法」「建築基準法」「工場立地法」について説明します。
都市計画法は、工場の立地に関わる法律です。この法律では、日本の国土を「都市計画区域」と「準都市計画区域」に分類しています。
都市計画区域には、「市街化区域」と「市街化調整区域」にに分けられます。工場建設が許可されるのは市街化区域に限られ、工業地域、準工業地域、工業専用地域の3つの用途地域だけです。
建築基準法は、工場だけでなく全ての建物に適用される法律です。この法律は、無秩序な建築を防ぐために、建物の建蔽率や容積率、建物の高さなど、建築において守らなければならない最低限の規則を定めています。
工場立地法は、工場を建設する際に「敷地内に緑地などを整備し、周辺地域の生活環境を保持する」ことを義務付けた法律です。
製造業、電気・ガス・熱供給業で敷地面積が9,000㎡以上、または建築面積が3,000㎡以上の工場の建設において、生産施設や緑地などの面積率が定められております。
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機能性やメンテナンス性を追求した工場を建設したいという方は、工場設計からメンテナンスまでトータルで対応可能な三和建設へご相談ください。
この記事を書いた人
安藤 知広
FACTASブランドマネージャー
執行役員東京本店長
1994年当社入社、工事管理者として工場建設における問題と多くの事例を経験。
2013年から東京本店次長として数多くの食品工場建設のプロジェクトリーダーを務める。
2018年10月ファクタスブランドマネージャーに就任し、食品工場建設における技術の体系化を進めております。